☆ 映画 『石油文明の終焉』 ―ロックフェラ―の黄昏―

【THE BLACK LEST】あらすじ
「アラジンの魔法のランプ」
この物語は2001年9月11日に起きた、ニューヨークの世界貿易センター・ツインタワービルの爆破攻撃事件の原因を解き明かすものである。
「アラジンの魔法のランプから」とは
第一次世界大戦の原因は産業革命の燃料となった石炭を巡る争いだった。
特に石炭とともに鉄鉱石も多く産出するドイツと、フランスに跨がるルール炭田をめぐって多くの血が流された。
さらに第二次世界大戦勃発の直接の原因は石油を巡る争いだった。
その石油の有用性にもっとも早く着目したのが、やはり産業革命を起こし、広大な植民地を持つ帝国にのしあがる英国だった。
特に海軍大臣や英国首相になった。チャ―チルがいち早く気がついた。
彼は海軍の艦船の燃料が嵩ばる石炭から、石油に取って代わられる日を他の敵国の誰よりも恐れた。
それは取り扱いの容易な石油燃料が軍艦の機動性を、石炭とは比べ物にならない程、向上させるからであった。

その「石油の世紀」を築いたのはアメリカだった。
1859年アメリカのペンシルベニア州のオイルクリ―クで、エドウィン・ドレイク大佐が、機械掘りを成功させたのが、嚆矢とされる。
ペリーが石炭を燃料とする蒸気船で、日本の江戸の浦賀に来航して開国を迫った六年後のことだった。
始めは鯨油に替わる灯油として西部開拓時代に重宝した。やがて、内燃機関が発明されると大陸を横断する幌馬車に替わる自動車の燃料に需要が増した。
その後、原油の採掘から重油、ガソリンを精製する一貫企業が誕生して、全アメリカの石油精製から輸送や販売まで、独占的に市場を席巻したのが、ロックフェラ―が率いるスタンダ―ド・オイル。
「ロックフェラー伝説」の始まりだった。
第一次大戦と第二次大戦はイギリスのチャ―チルが見抜いたように、戦艦も戦車も飛行機もすべて石油で動く兵器に替わった。
特に第二次大戦ではスタンダ―ド・オイルが、米軍と連合国軍の石油納入業者として莫大な利益を上げた。
そのため戦後ロックフェラ―財閥は「その資産総額で日本全土の土地が買える」と言われるほどの資産を形成した。
それらの資金で持ち前のチェース・ナショナル銀行を成長させ、やがてマンハッタン銀行と合併し、後の「チェース・マンハッタン銀行」に発展させた。一時、預金量総額が世界一となり、ウォール街を支配した。
さらにマンハッタン・ミッドタウンにロックフェラ―センターを築き、続いてウォール街に世界貿易センター・ツインタワービルを作った。これが後に゙中東の若者たちから積年の怒りを買い2001年9・11にアル・カイダの攻撃目標になり、二機の旅客機による自爆攻撃のテロに襲われた。
しかし、ロックフェラ―は、世界貿易センター・ツインタワービルが、自社が所有するビルであることを隠し、マスコミにはニュ―ヨ―ク港湾公社ビルと呼ばせ、自社のビルであることをひた隠しにした。その事は日本でも誰一人知る人がいなかった。ここにアル・カイダから憎しみ受け、攻撃される重要な原因が内包されていた。

アメリカと違い、自国内に石油を産出しないイギリスは、当時フランス及びオスマントルコと領有権を争う、中東のアラビアに「アラジンの魔法のランプ」の石油が有る事に気がついた。
そしてLAWRECE OF ARABIA 「アラビアのロレンス」を送り込むことにした。ここから今に続く資源ナショナリズムと、イスラエルとパレスチナ人の中東、アラブ諸国問題を巻き起こす原因を作ってしまった。
ロレンスは中東地域が国家としての、体をなしていない部族間社会であることを利用し、ある部族に肩入れして、その紛争を口実に、ライバルであるオスマントルコの中東での勢力弱体化に成功した。
こうして、フランスやアメリカと共にイギリスは中東のイランや、サウジアラビアの油田地帯の開発権を手に入れた。
そして第二次大戦後エクソン:モ―ビル:シェブロン:スタンダード・オイル:カリフォルニア・オイル:ロイヤル・ダッチシエル:ブリティッシュ・ペトロリアムなどの、石油メジャー資本「セブン・シスターズ」が、集中的に中東に進出し利益を独占した。

サウジアラビア王家とも、アメリカのブッシュ大統領一家とも、繋がるウサマ・ビン・ラディンの家系。
ビン・ラディンの父親モハメッド・ビン・ラディンはサウジアラビア王家の、建設業者に食い込み、サウジアラビア国内の、石油マネーで発注される土木建設工事を、大々的に引き受け自社を大企業に育て上げた。
ビン・ラディンはその父親が抱える婦人10人らの、54人いる子の中の17番目の子どもだった。そんな父親はアメリカのジョージ・H・W父ブッシュ元大統領と共に、アーカイル投資グループの大口投資家だった。
ラディンの父親は早くに亡くなり、50億ドルの遺産の内2億5千万ドルを受け継ぎ、後にアル・カイダの活動資金にした。
さらにそれらの遺産でラディンの長兄サーレムはブッシュ大統領の長男、ジョージ・H・子ブッシュ前大統領が経営する石油掘削会社の共同経営者になった。
また、ラディンは1979年に、ソ連がアフガニスタンに侵攻すると、サウジアラビアの反ソ勢力の一部として、ムジャーディヒーンとなり、率先して米国CIAに協力し、パキスタンに入り反ソ連運動を助けた。
しかし、やがてアメリカ軍が湾岸戦争で、サウジアラビアに駐留すると、その米国のライフスタイルが、伝統的なサウジのイスラム教を冒瀆するものだ、とイスラム原理主義者のビン・ラディンは、政府のやり方に疑問をもち抗議をする。
されど聞き入れられずに逆に国外追放になる。こうしてアメリカの石油文明を否定する反米主義者となって行き、アル・カイダを組織して初代司令官になった。

「石油帝国の終焉」
更に、中東の地にもやがて「資源ナショナリズム」に目覚める者が出てくる。
その魁に、ハ―バ―ド大学を出てサウジアラビアの石油相についたヤマニは中東にも石油利権があるはずだ、と「OPEC」石油輸出機構を創設した。
さらにアラブ側の正当な石油利権を主張して、ロックフェラーらから油田掘削権のほかに産出量の制限などの利権を株式譲渡と共に受け解決した。
一方多くのアラブの若者が、自宅の庭先から掘り出される石油で、先進国が豊かな暮らしをする中、なぜ、自分たちだけが貧しい境遇のままに取り残されているのかに疑問を持った。
その心を汲んだウサマ・ビン・ラディンはアル・カイダの仲間モハメッド・アタなど数名をアメリカに送り込み、航空機の操縦士免許を取得させた。
やがて2001年9月11日、二機の旅客機が世界貿易センター・ツインタワーに激突した。
このときジョ―ジ・H・子ブッシュ大統領は、米国に滞在していたラディンの長兄サ―レムの家族24人を、いち早く国外に脱出させたことで、大統領が事件を事前に知っていたのではないかと疑われた。
こうして親子ブッシュ大統領とネオコンは「イラクの自由」作戦を始めたのであった。しかし、その戦争はあるはずの「化学兵器」は見つからず、アル・カイダ撲滅のため自作自演の戦争といわれた。
その後ロックフェラーにも「黄昏時は訪れていた」三代目ディビット・ロックフェラーの代に遺産相続に揉まれ、その大きな力を失った。その相続人の一人がいま環境問題に目覚めて、現在CO2削減のインフラ企業に投資して世界の話題を呼んでいる。
ー終章ー
いまや世はコンピューター時代となり、イーロン・マスクなどIT長者の資産が、かつてのロックフェラーの総資産額を凌駕してウォール街を席巻している。それが今や石油帝国「ロックフェラー伝説の黄昏か」と囁かれはじめている。 了